共立出版 蛋白質核酸酵素 Vol.49 2004


ゼブラフィッシュの時空間特異的な遺伝子発現
トランスポゾンを用いた遺伝子トラップ法による研究

小谷 友也・川上 浩一

 ゼブラフィッシュは遺伝学的解析に適したモデル動物であり、脊椎動物における数多くの初期発生必須遺伝子の同定に貢献してきた。しかしながら、ゼブラフィッシュで利用可能な順遺伝学的方法論は限られており、ほかのモデル生物でさかんに用いられているトランスポゾンを用いた方法論は、長いあいだ未開発であった。筆者らは、メダカゲノムから発見された トランスポゾンTol2を用い、ゼブラフィッシュにおいて簡便で非常に効率のよいトランスポゾン転移システムの開発に成功した。このトランスポゾン移転システムをもとに遺伝子トラップベクターを構築し、これをゼブラフィッシュゲノムにランダムに挿入させると、ゼブラフィッシュ初期発生過程で時空間特異的に発現する遺伝子群をトラップすることができる。Tol2を用いた遺伝子トラップ法により、脊椎動物の初期発生過程を制御する接合体性因子、母性因子の研究が飛躍的に促進されるであろう。

はじめに

 ゼブラフィッシュは体長が4〜5cmの小型熱帯魚で、体表面に美しい縞模様をもつ。たいへん丈夫で大量に飼育することが容易である。1組の雌雄から数百の受精卵が得られるうえに、生後3ヶ月程度で繁殖が可能となり世代交代も早い。雌が排卵した卵は水中で雄の精子と受精し発生を開始する。胚は透明であり発生過程を容易に観察することができる。わずか24時間で基本的な体づくりが完成し、約72時間で孵化する。これらの特徴から、ゼブラフィッシュは遺伝学的解析と初期発生研究に最適なモデル脊椎動物として多くの研究室で用いられている。
 化学変異原NーエチルーNーニトロン尿素(NーethylーNーnitrosourea;ENU)を用いたゼブラフィッシュ初期発生異常変異の大規模スクリーニングが行われ、数多くの脊椎動物初期発生に必須な遺伝子の変異が分離されている1),2)。しかしながら、ENUにより生成された変異は多くの場合は点変異であり、発生異常変異の原因遺伝子を同定するためにはポジショナルクローニングを行う必要がある。そのため、1つの原因遺伝子の同定に数年を要する。
 モデル無脊椎動物であるショウジョウバエでは、トランスポゾンP因子を用いた遺伝学的解析が発生遺伝子研究においてさかんに行なわれ、非常に重要な役割を果たしてきた。そのような方法がゼブラフィッシュにおいても確立されれば、変異の原因遺伝子同定が大幅に軽減され、脊椎動物における発生遺伝子研究が飛躍的に促進されることが期待できる。ここで問題となるのは、ゼブラフィッシュゲノムからは機能的なトランスポゾンがみつかっていないことである。筆者らは、メダカゲノムから発見された トランスポゾンTol23) を用い、外来遺伝子を非常に高頻度でゼブラフィッシュゲノムに挿入することのできるトランスポゾン転移システムの開発に成功した4)。さらに、プロモーターをもたないGFP遺伝子をトランスポゾンに組み込んだ遺伝子トラップベクターを作製し、これをゼブラフィッシュゲノムにランダムに挿入することにより、発生過程において時期・組織特異的にGFPを発現するゼブラフィッシュ胚を得ることに成功した4)。ここではこれらについて概説し、この方法を用いた母性因子研究の可能性について述べる。

I. ゼブラフィッシュにおける Tol2 転移システムの開発

 ゼブラフィッシュからは、ショウジョウバエのP因子のような内在性の自律的トランスポゾンがみつかっていない。現在までに、サケゲノムに存在しTc1/marinerファミリーに属するトランスポゾンから再構築された人工トランスポゾン転移システムSleeping Beauty5)、線虫のトランスポゾンTc36)、ショウジョウバエのトランスポゾンmariner7)が、ゼブラフィッシュにおいて転移活性をもつことが示されている。これらのうち、もっとも研究が進められているのはSleeping Beauty転移システムである。しかしながら、このシステムを用いた場合でも、次世代にトランスポゾン挿入を伝えることができるファウンダーが得られる頻度は約5〜31%である8)。この頻度では数千数万のトランスポゾン挿入の作製を必要とするゲノムワイドな挿入変異スクリーニングを実施することは困難である。
 筆者らは、メダカゲノムからクローニングされたトランスポゾンTol23)が活性をもつ転移酵素(トランスポゼース)をコードする自律的なトランスポゾンであること、および、Tol2がゼブラフィッシュ生殖細胞において転移活性をもつことを明らかにしてきた9)11)。筆者らが開発した、ゼブラフィッシュにおけるトランスポゾン転移システムを以下に紹介する。

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