共立出版 蛋白質核酸酵素 Vol.46 2001


ゼブラフィッシュの挿入変異生成法と脊椎動物の遺伝子機能研究

川上 浩一

 “脊椎動物の形態形成に必要なすべての遺伝子を明らかにする。”ゼブラフィッシュを用いたフォワード遺伝学は、この夢を現実にするかもしれない。形態形成に異常がある変異体の網羅的な“mutant fishing”を行ない、原因遺伝子を解析する。このプロセスを効率よく行なうために挿入変異生成法の開発が重要である。筆者らは、偽レトロウイルスを用いた挿入変異生成法を開発してきた。この方法により発見されたhagoromo遺伝子は、ゼブラフィッシュでは縞模様形成に、哺乳動物では指形成に重要な働きをしている。また、筆者らはメダカトランスポゾンTol2因子をゼブラフィッシュ生殖細胞で転移させることに成功した。Tol2因子を用いた新しい方法論の開発が可能である。

はじめに

 ゼブラフィッシュ(Danio rerio)は、インド原産の美しい熱帯魚である。成魚の体長は約5cm、体表面に濃紺色と銀色の縞模様をもっている。たいへん丈夫で食欲旺盛、3lの水槽で10〜20匹の成魚を飼育でき、1組の雄と雌からほぼ1日おきに数百個の受精卵が得られる。このため、たくさんの個体の繁殖と飼育を必要とする遺伝学的研究を実施できる。卵は雌の体外へ放出され、受精後殻の中で胚発生が始まる。発生は非常に速く、約24時間で基本的な体づくりが完了する(図1)。3日目に稚魚は孵化し、5日目には泳ぎ回り餌を食べる。子宮内で発生が進むマウスと異なり、胚は透明で受精から個体ができるまでの過程の観察、操作が容易である。それゆえ脊椎動物の初期発生の研究に適している。
 化学変異原ENUを用いたゼブラフィッシュ初期発生異常変異の大規模スクリーニングの成功は、ゼブラフィッシュのモデル脊椎動物としての重要性、有用性を示した1),2)。この大規模“mutant fishing”により、脊椎動物の形態形成を制御する数千の遺伝子群の発見が期待される。ところが、ENUにより得られる変異はほとんどが点変異であるため、原因遺伝子を同定するためにはポジショナルクローニングを必要とする。ゼブラフィッシュの全ゲノム塩基配列決定計画は、2003年10月を終了目標に英国Sangerセンターで行なわれている。全ゲノム塩基配列が明らかにされれば、ポジショナルクローニングの労力は軽減されるであろうが、たいへんであることに変わりはない。筆者は、ポジショナルクローニングを必要としない挿入変異生成法を研究してきた。

I. MLV/VSV偽レトロウイルスを用いたゼブラフィッシュの挿入変異生成法

 Moloneyマウス白血病ウイルス(MLV)ゲノムを、Gag、Pol蛋白質、および水疱性口内炎ウイルス(vesicular stomatitis virus; VSV)のコート蛋白質であるG蛋白質でパッケージングすると、MLV/VSV偽レトロウイルス(pseudotyped retrovirus)がつくられる3)。この偽レトロウイルスは、ヒトの遺伝子治療ベクターとして開発されたもので、G蛋白質の働きによりヒトから昆虫の細胞にまで感染することができる4)
 MLV/VSV偽レトロウイルスを500〜1,000細胞期のゼブラフィッシュ胚に微量注入すると、ウイルスは始原生殖細胞に感染する。ウイルスRNAは逆転写され、cDNAがプロウイルスとしてゲノムに組み込まれる。そのようなゼブラフィッシュ(founder fish)の子孫(F1)から、プロウイルスをゲノムにもつトランスジェニックフィッシュを得ることができ5)、この方法を用いると、効率よく、多数のプロウイルス挿入を作製することに成功した6)
 次に筆者らは、プロウイルス挿入変異のパイロットスクリーニングを行なった(図2)。約300種類のプロウイルス挿入へテロ二倍体ゼブラフィッシュの雄雌を掛け合わせ、子孫の1/4のホモ二倍体の表現型を調べたところ、約70〜80のプロウイルス挿入に1つという割合で劣性胚致死変異が得られた7)
 これら劣性胚致死変異の原因遺伝子の同定は容易である。まずプロウイルスを目印にして周辺ゲノムDNAを逆PCR法でクローニングする。得られた数kbのDNAの塩基配列を、ヒト、マウス、ゼブラフィッシュESTデータベースに対してBLAST解析を行なう。この方法で、70〜80%の挿入変異については、その原因遺伝子を同定することができる7),8)。ゼブラフィッシュEST計画の進展、将来的には全ゲノム塩基配列決定により原因遺伝子の同定はさらに容易になる。筆者と菅野博士(東京大学医科学研究所)は、ゼブラフィッシュ完全長cDNAライブラリーを作製して、EST解析に協力している。
 筆者が留学していたMITのHopkins研究室では、現在MLV/VSV偽レトロウイルスを用いた大規模な“mutant fishing”を実施している。今後2〜3年のうちに約1,000種類のゼブラフィッシュ胚致死変異の原因遺伝子が同定されるであろう9)

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