秀潤社 細胞工学 Vol.28No.6 2009


Ⅱ.ゼブラフィッシュにおける遺伝子トラップ法とエンハンサートラップ法

 ショウジョウバエにおいてはP因子を用いたエンハンサートラップ法が12)、マウスES細胞においてはレトロウイルスなどを用いた遺伝子トラップ法が開発され実施されてきた13),14)。我々はTol2を用いて、ゼブラフィッシュにおいて遺伝子トラップ法とエンハンサートラップ法の開発に成功した15),16)。遺伝子トラップ法では、Tol2内部にスプライスアクセプターとプロモーターを持たないGFP遺伝子を組み込んだ(図2A)。エンハンサートラップ法では、Tol2内部にヒートショックプロモーターとGFP遺伝子を組み込んだ(図2B)。これらTol2コンストラクトをゼブラフィッシュゲノムにランダムに挿入させる。遺伝子トラップの場合は、Tol2が発現している遺伝子内に挿入され、その転写が流入しGFPが翻訳され時に、その遺伝子の発現様式にしたがってGFPが発現される(図2A)。エンハンサートラップの場合は、Tol2上のヒートショックプロモーターがゲノム上のエンハンサーにより活性化された時に、GFPが発現される(図2B)。これらの方法論により、生きている脊椎動物の胚を経時的に蛍光実体顕微鏡下で観察しながら、特定の組織・細胞・器官でGFP蛍光を発するトランスジェニック個体を多数同定することが可能になった(図2C)

Ⅲ.インサーショナルミュータジェネシス:Tol2を用いた挿入変異生成

 遺伝子トラップコンストラクト、エンハンサートラップコンストラクトの挿入により、発生に重要な遺伝子機能を破壊することができるだろうか?これを明らかにするために、Tol2挿入をもつヘテロ2倍体をかけ合わせ、ホモ2倍体胚の解析を行った(図3A)。遺伝子トラップコンストラクトが新規遺伝子misty somitesのイントロンに挿入した系統のホモ2倍体のメスから得られた子孫の胚は、体節の境界が不明瞭になるという母性劣性変異の表現型を示した17)(図3B)。エンハンサートラップコンストラクトがtcf7遺伝子のエクソンに挿入した系統のホモ2倍体胚は、ヒレの形態異常を示した16)(図3C)。このように、GFP発現を指標にTol2挿入をスクリーニングし、発生関連遺伝子の変異を同定する、という方法論が可能になった。遺伝子破壊の効率に関しては、コンストラクトのさらなる改変により改善の余地があると考えている。

Ⅳ.Gal4-UAS法による神経回路の機能阻害

 酵母転写遺伝子Gal4は、特異的なDNA配列(UAS)に結合して転写を活性化する(図4A)。Gal4-UASシステムはショウジョウバエ研究においてさかんに用いられてきた18)。この方法論を脊椎動物遺伝学に持ち込むことは可能であろうか?我々は、Tol2内部に改変型Gal4遺伝子(Gal4FF)を組み込んだ遺伝子トラップコンストラクト、エンハンサートラップコンストラクトを構築した。これらコンストラクトを転移酵素mRNAとともに受精卵にマイクロインジェクションすると、Gal4を発現するトランスジェニックフィッシュが作製される。Gal4の発現を視覚化するために、GFPあるいはRFPをUASの下流にもつトランスジェニックフィッシュを作製し、Gal4発現トランスジェニックフィッシュとかけ合わせた。期待通りGal4発現に依存してGFPあるいはRFPが発現された(図4B)。この方法を用いると様々な細胞・組織でGal4を発現するトランスジェニックフィッシュを容易に作製することができる19)。他の研究グループからはGal4-VP16を用いた研究が報告されたが20),21)、Gal4FFを用いた方法の長所は細胞毒性が少ないことである22),23)
 Gal4-UASシステムの最大の特長は、UASの下流に任意の遺伝子を組み込むことにより、Gal4発現細胞においてその遺伝子の発現を特異的に誘導できることである。破傷風毒素軽鎖(tetanus toxin light chain ; TeTxLC)はシナプス間隙への神経伝達物質の分泌を阻害することにより神経機能を阻害する24)。我々はUASの下流にTeTxLC遺伝子を組み込んだトランスジェニックフィッシュを作製し、脊髄の異なる神経回路でGal4を発現するトランスジェニックフィッシュとかけ合わせた(図5A)。野生型のゼブラフィッシュ稚魚は「触り刺激」に対して逃避行動を示す(touch response)。感覚神経でGal4依存的にTeTxLCを発現する二重トランスジェニック胚は、「触り刺激」に反応しなかった。一方、介在神経においてTeTxLCを発現する二重トランスジェニック胚は、「触り刺激」に反応するものの異常な逃避行動を示した19)(図5B)。この方法により、生きている脊椎動物個体において神経回路を可視化しながら、それらの機能を解析することが可能になった。

Ⅴ.in vivo 転移誘導システムFuji

 ショウジョウバエにおいては、jump starterと呼ばれる転移酵素発現系統を用いることによりP因子をin vivoで転移させることができる25)。マウスにおいてもSleeping Beautyを用いて、生殖細胞における転移システムが開発されている26)。ゼブラフィッシュにおいて、in vivo転移システムの構築は可能であろうか? 我々は、ヒートショックプロモーターの下流にTol2の転移酵素cDNAをもつトランスジェニックフィッシュを作製し、Fuji系統と名付けた。このFuji系統とTol2挿入をゲノムに1コピーだけもつ系統をかけ合わせ、二重トランスジェニックフィッシュを作製した。我々は二重トランスジェニックフィッシュを37℃のお湯につけるという処理で(ゼブラフィッシュの飼育温度は通常26〜28℃)ヒートショックプロモーターの誘導を試みた(図6A)。期待通りに、しかしながら驚くべきことに、この処理によってオスの生殖細胞において非常に効率よく転移が誘導された9)(図6B)。受精卵への微量注入という手間なしに、ゼブラフィッシュゲノムにトランスポゾン挿入を効率良く作製することが可能になった。

おわりに

 モデル無脊椎動物ショウジョウバエを用いた研究成果の多くは、P因子を用いた方法論なくしては成し遂げられなかったであろう。Tol2因子を用いることによって、これまでショウジョウバエに限られていた遺伝学的方法論が、ゼブラフィッシュにおいても遜色なく、いやそれどころか凌駕するといっていいくらいの効率の良さで用いることができるようになった。ゼブラフィッシュの大規模変異スクリーニングの報告以来13年、マウスに比較して胚発生過程の研究の容易さとフォワード遺伝学の容易さを「売り」にモデル脊椎動物として発展を続けてきたが、やはり脊椎動物を飼育・維持することの困難、ゲノムサイズの大きさなどの困難があり、コストパフォーマンスの悪さは否めなかった。本稿で紹介した遺伝学的方法論は、世界中のゼブラフィッシュ研究者が待望していたブレークスルーである。これらによって、ゼブラフィッシュを用いた形態形成研究、器官形成研究、行動・神経機能研究が大きく花開く時代が到来する。

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