秀潤社 細胞工学 Vol.28No.6 2009


メダカトランスポゾンTol2が開く新しいゼブラフィッシュ研究

浦崎明宏 浅川和秀 川上浩一

 ゼブラフィッシュは、モデル脊椎動物として形態形成研究・器官形成研究に大きな役割を果たしてきた。しかしながら、トランスポゾンテクノロジーが未開発であったため、利用可能な遺伝学的方法論には限りがあった。我々はメダカトランスポゾンTol2を用いて、ゼブラフィッシュにおいて新しい遺伝学的方法論の開発に成功してきた。まさに「脊椎動物のショウジョウバエ」といっても過言ではないゼブラフィッシュを用いた研究は、今後ますます発展していくであろう。

はじめに

 小型熱帯魚ゼブラフィッシュは体外受精し胚が透明であるため初期発生過程の観察、操作が容易である、繁殖、大量飼育が容易である、という特長から、マウスを補う、あるいはマウスに替わるモデル脊椎動物として用いられるようになった。1996年、化学異原ENUを用いた大規模なゼブラフィッシュ変異体スクリーニングが報告された1),2)。それ以来「化学変異原を用いて初期発生、器官形成に異常を示す点変異を分離し、変異の原因遺伝子をポジショナルクローニングによって同定する」という方法論が広く用いられてきた。しかしながら、この方法は原因遺伝子の同定に非常に多くの労力と時間を要する。一方、1996年にレトロウイルスを用いて挿入変異を作製する方法が開発された3)。この方法は、ENUを用いた変異生成法と比較すると変異導入頻度は低いが、変異の原因遺伝子の同定を迅速に行える。しかしながら操作が容易でない、感染効率の高いレトロウイルスの調製に手間がかかるなどの問題点がある。
 トランスポゾンを用いた遺伝学的方法論が開発されればこれらの問題点が克服され、研究が飛躍的に進むことは明らかであったが、ゼブラフィッシュにおいてそのような方法論は未開発であった。その理由は、脊椎動物において効率良く転移するトランスポゾンが見つかっていなかったことにあった。

Ⅰ.メダカトランスポゾンTol2

 1996年、メダカゲノム中からトランスポゾンが発見されTol2と名付けられた4)。我々はTol2が、活性がある転移酵素をコードとすること、およびゼブラフィッシュ生殖細胞において転移すること、を明らかにした5),6)。これにより、トランスポゾンを用いた遺伝学的方法論の開発の道が開かれた。
 Tol2は、hATファミリーに属するDNA型トランスポゾンである。全長は4682bpで、両端に12bpの逆向き反復配列をもち、内部には640アミノ酸からなる転移酵素をコードしている(図1A)。我々は転移に必要なシス配列を明らかにするために、様々なサイズのTol2ベクターを構築した。これらコンストラクトを試験管内で合成した転移酵素mRNAとともにゼブラフィッシュの受精卵にマイクロインジェクションし、成魚にまで育て、かけ合わせにより得た次世代フィッシュ(F1)のゲノムDNAを調べた(図1B)。その結果、Tol2の転移には、5′側の200bpと3′側の150bpが必要十分であることが明らかになった7)(図1A)。これによりTol2ベクターは非常にコンパクトになった。転移頻度の良さとあわせ、ゼブラフィッシュにおけるトランスジェネシスを飛躍的に促進することになった。
 Tcl/marinerファミリーのトランスポゾンでは、トランスポゾンのサイズが大きくなると転移頻度が低下することが知られている8)。これに対してTol2ベクターは、全長11.7kbののコンストラクト でも効率良く転移した7)。さらに最近、100kb以上のBACプラスミドを組み込んだTol2コンストラクトも転移可能であることがわかってきた(Susterら:未発表)。すなわちBACのような大きなDNA断片をシングルコピーもつトランスジェニックフィッシュの作製が可能になった。
 Tol2は転移の際、標的部位に8塩基対の重複を作製する。挿入部位近傍には、欠失や組換えを引き起こさずにゲノムに挿入される。また一度組み込まれた後、Tol2を切り出し再び挿入前の配列に戻すことも可能である9)Tol2を用いた遺伝子導入はレトロウイルスやプラスミドDNAを導入する方法に比べ、扱いやすさ、応用性、安全性において大きなメリットを持つ。
 Tol2はメダカ、ゼブラフィッシュなどの魚類だけでなく、調べた限りすべての脊椎動物(カエル、ニワトリ、マウス、ヒト)細胞中で転移した10)。さらに我々は最近、無脊椎動物ショウジョウバエにおいてもTol2が転移することを明らかにした11)。このことからTol2転移には種特異的な宿主因子は必要ないと考えられる。今後様々な生物種での応用が期待できる。

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