秀潤社 細胞工学 Vol.23 No.1 2004


トランスポゾンを用いたゼブラフィッシュの遺伝子トラップ法

川上 浩一

 筆者らはメダカTol2因子を用いて、トランスポゾン転移によりゼブラフィッシュゲノムへ外来遺伝子を挿入するシステムを開発した。さらに、このトランスポゾン転移システムを用いて、ゼブラフィッシュにおいて遺伝子トラップ法を実施することに世界で初めて成功した。すべてのゼブラフィッシュ研究者が待ち望んでいた方法論であり、これにより脊椎動物の初期発生、器官形成を制御する新規遺伝子の発見、機能解析の飛躍的な発展が期待される。

はじめに

 1996年、Drieverら、Nüsslein-Volhardらがゼブラフィッシュ変異の大規模スクリーニングの成功を報告して以来1),2)、世界中の研究室で様々な変異が分離され原因遺伝子がクローニングされてきた。しかしながら、これらのスクリーニングではもっぱら化学変異原を用いた変異生成法が用いられており、生成される変異のほとんどは点変異である。そのため、変異の原因遺伝子の同定にはポジショナルクローニングあるいは候補遺伝子クローニングを行わなければならず、たいへんな労力が必要とされてきた。一方Hopkinsらは、1996年シュードタイプレトロウイルス(pseudotyped retrovirus)を用いた挿入変異生成法の開発に成功した(図1)3)。この方法では変異の原因遺伝子を速やかに同定することができる。Hopkinsの研究室は単独でこれまでに100近くもの変異とそれらの原因遺伝子を報告してきた4)。しかしながら、シュードタイプレトロウイルスは取り扱いが容易ではないなどの理由から広く使われるような方法論になっていない。また、遺伝子トラップ法のような応用技術が開発されていない。
 このような状況下でゼブラフィッシュ研究者は、長い間簡便な挿入変異生成法を待ち望んでいた。筆者らは、ゼブラフィッシュにおいて誰にでも実施できる挿入変異生成法、とりわけ遺伝子トラップ法の開発の必要性を強く感じ、方法論の確立を目指して研究を開始した。今からおよそ5年前のことである。

1.メダカトランスポゾンTol2の転移活性

 挿入変異生成法の開発のためにクリアしなければならない最初の問題は”どのようにして、外来遺伝子の挿入をゼブラフィッシュゲノムに作製するか?”である。まず考えられるのは、プラスミドDNAの受精卵への微量注入である(図1)5)。この方法は簡単であるがゆえに、トランスジェニックフィッシュの作製方法として盛んに用いられてきた。この方法を用いて挿入変異生成を目指した研究も行われたが6),7)、挿入作製効率の低さ、挿入部位近傍にはしばしば大規模なDNAの欠失、組換えなどが引き起こされるなどの理由から、挿入変異生成法としては確立されなかった。次に考えられるのは、シュードタイプレトロウイルスであるが、遺伝子トラップ法などの応用技術の開発はなかなかうまくいかなかった。ショウジョウバエにおけるP因子のようなトランスポゾンが使えればいいのだが、ゼブラフィッシュゲノムからはそのような内在性の活性のあるトランスポゾンは見つかっていない。Tc1/marinerファミリーに属する他種生物由来のトランスポゾンがゼブラフィッシュにおいて転移することが示されたが、いずれも転移頻度は低かった8),9)
 1996年古賀、堀らによりメダカゲノムからTol2因子が発見され、報告された。Tol2因子はメダカゲノムに約10コピー存在する反復配列でトウモロコシAc因子に相同性があり、Tc1/marinerとは異なるhATファミリーに属するトランスポゾンである10)。筆者らは、Tol2因子から4つのエクソンから成るmRNAが合成されることを見いだし、このmRNAが活性のある転移酵素をコードしていること、その転移酵素の活性によってTol2因子がゼブラフィッシュゲノムに組み込まれることを示した11)〜13)。こうして、自然界に存在する脊椎動物トランスポゾン由来の移転システムが、初めて構築された。筆者らは、このTol2転移システムを用いて、さらに研究を進めていった。

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