羊土社 バイオテクノロジージャーナル Vol.7 No.5 2007


3. 脊椎動物の神経回路をin vivoで可視化する

 今回、われわれが確立したGAL4エンハンサートラップ法の概略を図2-Aに示す3)。GAL4のDNA結合ドメインとVP16(Herpes simplex virus protein 16)由来の転写活性化ドメインを融合したタンパク質(Gal4VP16)をコードする遺伝子を熱ショックプロモーターの下流に組込んだ。これをTol2トランスポゾン因子の中に導入したものをトラップコンストラクトとした。このトランスポゾンコンストラクトをTol2トランスポゾン転移酵素のメッセンジャーRNAとともに一細胞期のゼブラフィッシュ胚に微量注入した。トラップコンストラクトがTol2トランスポゾン転移酵素の働きによって、配偶子になる細胞のゲノムに組込まれると、そのトラップコンストラクト挿入は次世代へと受け継がれることになる。
 筆者らはヒユサンゴ(Trachyphyllia geoffroyi)よりクローニングされた蛍光タンパク質Kaede4)をGAL4VP16のレポーターとして用いることにし、UAS-Kaedeレポーター系統を作製した。Kaedeは紫外光を照射することにより、緑から赤に蛍光が変化する特殊な性質をもつ。トラップコンストラクトを注入したF0フィッシュをUAS-Kaedeレポーター系統と交配し、得られたF1胚の中から組織特異的な緑色蛍光パターンを示すもの選別する、というパイロットスクリーニングを実施した。その結果、161匹のF0魚から141種類の緑色蛍光発現パターンを得ることに成功した。これらのパターンは初期胚から成魚になるまで、さまざまな組織で観察された。モデル脊椎動物において、これほど迅速にバラエティーに富んだGAL4ドライバーを構築する手法は他にない。
 Kaedeレポーターの緑色蛍光は、ラベルされた細胞群の詳細な解析において威力を発揮する。図2-Bに示すGAL4ドライバーにおいては、後脳の一部のニューロン群と血管が入り組んでKaedeによってラベルされていた。これらのニューロン群は前方に軸索を伸ばしているが、これらの軸索が左右それぞれ同じ側の後脳の細胞体に由来するものなのか、反対側の細胞体に由来するのかは、緑色蛍光を観察しただけでは判別できない。そこで右側の細胞体にのみ紫外光を照射し、Kaedeを緑色蛍光から赤色蛍光へと転換する実験を行った(図2C、D、E)。すると、右側の細胞体が赤色にラベルされると同時に左側の軸索が赤色にラベルされた。これは、細胞体で赤色に転換されたKaedeが軸索に拡散したことを示ている。したがって、軸索はそれぞれ左右反対側の細胞体に由来すると結論づけられる。このように、GAL4エンハンサートラップ法とUAS-Kaedeレポーターを用いることで、特異的な神経回路をin vivoで詳細に可視化することが可能になった。

4. これからの課題と展開〜神経機能を操れるか

 われわれは、今回開発したGAL4エンハンサートラップ法を脊椎動物の神経回路を可視化するだけでなく、神経機能の解析に応用しようと試みている。GAL4-UASシステムを用いて脊椎動物の神経機能を自由自在に操れないだろうか?その第一歩として、われわれは、神経伝達を阻害する破傷風毒素の軽鎖(Tetanus toxin light chain)をコードする遺伝子断片をUASの下流につないだコンストラクトをゲノムに組込んだ、UAS-TeTxLCエフェクター系統を樹立した。UAS-TeTxLCエフェクターを中枢神経系GAL4ドライバーと交配させると、その子孫の胚で行動異常が観察された(筆者ら未発表)。この結果は、UAS-TeTxLCエフェクターを用いることで、生きた個体の神経伝達を阻害できることを示している。
 今後は、GAL4発現を特異的な神経細胞に限局させることで、特異的な神経機能の解析が可能になると期待される。その為には、非特異的なGAL4発現を示さない基本プロモーターの選定、改良が必要である。また、筆者らは、独自にGAL4遺伝子トラップ法を開発した(筆者ら未発表)。この手法を用いると非特異的なGAL4発現をより抑制できることがわかった。
 モデル脊椎動物を扱う多くの研究者が待望していた、GAL4エンハンサートラップ法、あるいはGAL4遺伝子トラップ法の確立によって、今後脊椎動物の器官形成、器官機能の理解が大きく進展すると期待される。現在進行中のGAL4トラップスクリーニングによってGAL4ドライバーフィッシュの特異性と多様性が飛躍的に増すことは確実であり、脊椎動物の発生や行動を遺伝子発現によって容易に操作できる時代が到来したといえるだろう。

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